第16話「恋までの距離感」/ちゃんちゃんCO
前回 第15話「自由が丘にて」
16話:恋までの距離感
コーヒーカップをテーブルに戻した私を見て、腕組みをやめた岡田さんは、自信がなさそうな顔で話し出した。
「やっぱり、株とか投資にアメリカ人は積極的だからっていうことですか?」
私は、岡田さんの答えを聞いて、自分でも分かるくらい嬉しそうな顔をして笑った。
「正確です!さっき、日本人の株や投資信託などのリスク資産は家計の20%以下とお話ししたんですけど、アメリカの家計では約45%以上を株や投資信託で保有していて、リスク資産を運用したリターンによる伸びが資産の差を作っているんですっ。だからこそ、 岡田さんの100万円は、ダサくはないけれど勿体ないなと感じます」
「なるほど…。確かに、勿体無い感じがしますね」
真剣な顔をして、じーっと自分のノートを見ている岡田さん。
岡田さんが次の言葉を発さないか様子をみた後に、私は口を開いた。
「ちなみに岡田さんが勿体無い状態になっている背景として、アメリカと日本っていう国の違いも勿論あるんです。歴史背景として、新大陸のアメリカでは封建領主の干渉を受けずに、資本主義の中で国が発展・成長してきているのが特徴的だと思うのですが、岡田さんはアメリカに対してどんなイメージをお持ちですか?」
ノートから顔を上げた岡田さんは「アメリカンドリームとか、自由の国とかですかね」と答えると、コーヒカップに手を伸ばした。
私もついミラーリング効果を出したくなったものの、コーヒーカップに手を触れて、そのまま手を下ろした。
「そうですね!多分、岡田さんのイメージで合ってます。アメリカンドリームという言葉にもある通り、誰でも成功すれば豊かになれる国。それが、アメリカです。アメリカ人にとって、成功イコール社会貢献という思想も根付いているので、成功はみんなにとっての善なんです。だからこそ、アメリカで世界的に名を轟かせる有名企業が、どんどん立ち上がっていきます。正直、その企業家精神がある限りは、株式市場は上がっていくんです。株式市場が上がるという未来を信じてアメリカ人は株を購入するのでっ」
一口飲んだコーヒーカップを机に戻しながら、岡田さんは納得したように頷いた。
「日本の日経平均が1989年から最高値を更新していない状況を考えると、色々と納得が出来ました。(※物語上2017年12月の設定。2019年1月時点で2018年10月に日経平均が27年振りの高値更新)国としての成長が止まっている日本と、未来を信じ株を購入する流れが出来ているアメリカでは行動が変わってくるのも当然ですね。ちなみに、アメリカでは、最高値を更新し続けているイメージがあるので、この思想と現実がリンクしているっていうことですか?」
「ですね。20年前は7000ドルだったNYダウが、この20年間で約3倍になっているので、NYダウを持っている人は途中で売らない限りは全員儲けているんですよ。株を保有しているだけで、資産が3倍まで勝手に増える。そんな未来が待っていると思うと、リスクをとるという行動であったとしても、明るい未来にワクワクしちゃいますよねっ」
「うわー。なんか、国によってここまで違うのか、っていう感じですね」
ペンをとって、岡田さんはノートに何かを書き出したので、私はコーヒーカップを手に取った。
その時、岡田さんの向こう側の席に、カップルらしき二人組がる座るのが見えた。
女性は水色のワンピースを着て、男性は水色のシャツを着ている。
そんなカップル達が目線に入ることもなく、岡田さんは何かをノートに書き留めている。
-私達の関係は、どう見られているんだろう?
ふと思った自分の心の声に、若干の切なさを感じた。
片想いなんて、いつ振りかの感情かすらも思い出せない。
「今、ふと思ったんですけど、仮想通貨って株とどう違うんですか? あれって、国とか関係ない気がするんですけど、買う人はどういう心理で買っているんだろうって」
私の気持ちは僅かにも気がついていないであろう、岡田さんの疑問に笑顔で答えた。
「仮想通貨も、仮想通貨取引所を利用して買うので一見株と似ていますよね。買う人の心理も、値上がりを期待して資産を置き変えるっていう部分では、共通の心理が一部あるとは思いますが、仮想通貨はまた株とは全然違うものです」
「なるほど。ちなみに、その違いってなんですか?」
「大きな違いとしては、株は企業が事業を行う為の資金集めの手段として行うものなので、発行媒体があって現物が存在していますが、仮想通貨は発行媒体がなく、インターネット通貨なので現物が存在していません。円やドルなどの法定通貨と違って国や政府の裏付けもなく、価値として管理している組織もないのが大きな違いです」
分かりやすく岡田さんの目は真ん丸になってしまった。パチパチと瞼が動く。
「管理している組織もなくて、現物も無いって…。ヤバイ気しかしませんが、どうなっているんですか?」
「法定通貨の場合、管理者は発行している国であり、中央銀行ですよね?けれど、仮想通貨は、ユーザー同士で管理し合っているんです。新規の仮想通貨を生み出すことを含めて、監視や管理もユーザーが自分達で行う仕組みとなっているのが、仮想通貨です。一見言葉だけ聞くと不安になりますが、仮想通貨として使用されているブロックチェーンという仕組みがあって、情報を暗号化して守っていけるし、元の入力データを復元できないという特長があるので、改ざんすることが出来ないといった面でもセキュリティー面はバッチリなんですよ」
「けど、セキュリティー面が保証されていると言っても、どうして仮想通貨に価値がついて、仮想通貨を購入する為に、どうして人はお金を払っているのか理解できません。どういう仕組みになっているんですか?」
「法定通貨の場合って国家が発行する権利を持っているので発行上限は定められていないんです。けれど、仮想通貨には発行上限を設けることによって通貨の希少性を高め、通貨に価値をもたせているんですっ。しかも、日本にいたら分かりにくいかとは思いますが、世界で考えると法定通貨が一概にも安定している時代っていう訳ではないんですよ。仮想通貨が特定の法定通貨よりも安定しているっていう調査結果もありますし、安定した経済圏の構築の為の仮想通貨のニーズっていうのもあるんですよ」
理解したように、ニヤッとした笑みを浮かべた岡田さんは少し腰を浮かせて座り直すと腕を組んで大きく頷いた。
「なるほど!なんか今の一言で、仮想通貨を購入する人の気持ちが少しわかった気がします」
岡田さんの満足げな顔がみられて、ホッとしたような気持ちになったのに、後味として寂しさも残った。
仮想通貨についての理解が深まっても、私の気持ちには少しも気がついていない岡田さん。
人生で初めて、ただ知識があるだけの自分を心の底から無能だと思った。
沢山の人間的な音が溢れる店内で、自分だけがロボットのように感じて、机の下で岡田さんに気が付かれないようにして私は自分の手を爪の先で抓った。